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2010年11月

2010年11月29日 (月)

エッセンス(4)~2008.8.8の記事~

闇を知った後の光はただ美しいだけでなく、人々の救いとなり、心に染み込んでいくでしょう。覗き込んだ闇のあまりの深さに、精神が病んでしまうこともあるでしょう。そのような背景を深く知らないままに、どうして私はこの曲を弾こうと思ったのか…ロシア人でない私がロシアの曲を弾く、このあまりにも不自然な状態をほんの少しだけ和らげてくれるのが、ロシアの歴史を知り、文学を読み、哲学や宗教への理解を深めることであったのに…

ロシア人の先生に最後にレッスンをして頂いてから、もう何年も経ちますが、私には未だに、先生方の偉大なメッセージを拝聴する資格はないのです。

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エッセンス(3)~2008.8.8の記事~

ほんの1フレーズ、たった1和音、それだけでもう言葉はいりませんでした。光だけでない歴史の闇のような響き、精神が蝕まれていくような病的な歌、どこへ連れていかれてしまうのかと不安になる程の神秘の輝き…それら全てに言いようのない強烈な何かがありました。これこそが、先生が本当に仰りたいことだったのだと、初めて悟った時の辛く苦しい思いは、私の心に棘のように刺さったまま、長い間消えることはありませんでした。

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エッセンス(2)~2008.8.5の記事~

N.G先生はいつも「ロシアの歴史を知りなさい」と仰っていました。その曲が作られた頃がどのような時代であったのか、哲学、文学、宗教が人々の心にどれだけの影響を及ぼしていたのか…背景を理解した上でないと受け取れない偉大なメッセージがあります。先生方は、私にそのような背景がないことを感じられて、私でも理解出来るような易しい言葉でお話し下さいました。言葉ではなく、先生が「このような音色で」「このように歌って」と弾いて示して下さった時、それを痛い程感じました。

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エッセンス(1)~2008.8.5の記事~

幸運なことに、今までに何人かのロシア人の先生にレッスンをして頂く機会がありました。先生方がお話し下さる素晴らしいイメージや作品の解釈は、まるで上質なエッセンスのようにひとしずく、またひとしずくと曲に散りばめられ、私の心の中に、今も色褪せることなく輝き続けています。リラの花(49小節目)についてここに書かせて頂いたことも、そのほんのひとしずくです。しかしそれは上質ではあっても最高級のものではありません。レッスンをして頂いた私のほうに、最高級のものを受け取るだけの力がなかったのです。

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幼児の祈り~2008.8.2の記事~

「幼児の祈り」
R・シュタイナー

貴方の中に光が流れ込んでいきますように

私は愛を込めて光に付き添い、この上ない喜びと共に、貴方の生命の営みを見守ります

それは貴方を健やかにするでしょう

それは貴方を支えてくれるでしょう

それは貴方の心を明るくしてくれるでしょう

人生を歩み始める貴方の為に心から、この私の喜びの気持ちが、貴方の生きる意志と結びつきますように

そしてこの意志が、どんな時にもどんなところでも、自分自身で強く存在し続けることが出来ますように

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命は輝く

長女の通っていた幼稚園では、毎週木曜日に未就園児のクラスがあり、次女はいつも参加させて頂いていました。長女が小学校に入学してからも、何度か伺っていますが、毎週のことですのに、いつも趣向を凝らした工作や出し物が用意されており、先生方には本当に頭が下がります。先日は教会の信者の方々が、エプロンシアター、指人形、腹話術を見せて下さいました。腹話術の方が、白髪にベレー帽が良くお似合いの、素敵な雰囲気をお持ちの方で、お人形がその白髪をからかうシーンがあるのですが、その方は「白髪は今まで生きてきた証(年輪という表現をしていらしたでしょうか)神様は私の髪のことを“白髪は輝く命の冠”だと言って下さった」と誇り高く答えていらっしゃいました。私がいつか白髪となった時、神様が冠をくださったのだと思えるような生き方は出来ているだろうか…と、考えてしまいました。冠のお話しに続き「蜂はお花の中に」のお話しもありました。歳を重ねていくことの尊さ…世界観、宇宙観を蜂やお花に重ねたお話し…次女が楽しく見ていたのはもちろんですが、私もしみじみと、その言葉一つ一つを噛み締めた一時でした。

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2010年11月24日 (水)

野薔薇の中に(2)

「マヨランの花はどんな色をしていると思う?」


先生の問いに長女は「虹色」と答えました。それから「やっぱり水色とオレンジ」「紫も良いな」…イメージは膨らんでいきます。周りに咲いている薔薇の色、そして、その中にあって一際目を引くマヨランの色…次回のレッスンまでにマヨランの絵を描いてくることが宿題として出され、レッスンは終わりました。


仙台に戻ってから、マヨランの花の話しを時々しています。最初はイメージに好きなだけ時間をかけようと思っています。最近の、長女にとってのマヨランの花は薄いピンク、そして周りの薔薇は全て夜のようなのだそうです。暗闇のような薔薇に囲まれて、ピンクのマヨランがボ~ッと輝きを放っていて、触ろうとするとそれは、雲のように消えてしまうようです。このイメージを絵にしたら、どのようになるでしょう。たっぷりと時間をかけて、マヨランのイメージを膨らませてから、譜読みをし、歌ったり弾いたり…私も一緒にこの宿題を楽しみたいと思っています。

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野薔薇の中に(1)

先月の秋休みに東京に帰省した時、A.M先生に長女のピアノを聴いて頂きました。春休み以来、二度目のレッスンです。一度目のレッスンについても、それまでの自宅での練習についても、まだ記事にしている最中で、全く追いついておりませんが、先生が「次回までの宿題」として出して下さった課題がとても素敵でしたので、先にそのことについてだけ、書かせて頂きたいと思います。

A.M先生は長女に、コダーイの短い童謡を歌って下さいました。


「のばらのなかに」


♪薔薇の中にも
 咲いたよ 咲いた
 ほら マヨランが
 二つ咲いた

“マヨラン”とは、お伽話の中に出てくる、枯れることのない不思議な花の名前です。野薔薇が咲き乱れる中に、マヨランの花が二つ、薔薇と交わることなく咲いていて、一目でわかるような不思議な色をしています。


長女はその話しを聞くと「そんな不思議な花が二つも咲いたの?!」と驚いていました。

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2010年11月21日 (日)

リラの花(3)~2008.7.31の記事~

V先生は、左手のフレーズが美しいヴェールのように過ぎ去っていく時、右手は符点2分音符のEsの響きの中に溶けていくように弾いて欲しいとも仰っていました。左手は甘美な感情の高まり、そして右手はそれに寄り添い溶けていく…右足は、右手のEs音が残るよう、さざ波のようなトレモロペダルでなくてはなりません。


歌詞を理解し、歌のブレスを意識し、空気を自然を感じ、遥か彼方へ神秘的に去っていく…リラの甘い香りだけを残して…V先生は最後にそう仰り、レッスンは終わりました。

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リラの花(2)~2008.7.31の記事~

リラの花は、ロシアでは幸福の象徴だと聞いたことがあります。リラの小さな花一つ一つに小さな幸せが宿っている、幸せの全てがリラの花の中に織り込まれ、その存在そのものが感動なのだと…


昔一度だけ、V.G先生にこの「リラの花」をレッスンして頂く機会に恵まれました。その時、先生が「花嫁のレースのヴェールのように弾いて欲しい」と仰った箇所があったのです。そこはフワリと一瞬で過ぎ去ってしまう左手のフレーズでした(楽譜をお持ちの方へ:49小節目の左手の16分音符のDesから、その小節の最後のEs音までです)その一瞬に、花嫁としての喜びと幸せ、身に纏う可憐なレースのヴェールの美しさとを要求されたのです。私は今この場で先生の仰ったことに応えることなどとても出来ないと絶望しながらも、その美しいイメージに感動していました。もしその通り弾くことが出来たらどんなに素晴らしいでしょう。聴く人の心にその幸福のイメージを届けることが出来たとしたら…

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リラの花(1)~2008.7.31の記事~

「リラの花」
作品21ー5
ラフマニノフ作曲


演奏時間わずか2分程のこの小品は、ラフマニノフの作品の中で最も美しいピアノ曲と言われています。今から20年近く前、エフゲニー・キーシンのピアノ・リサイタルで初めて聴き、そのあまりの美しさに胸が痛くなったことを覚えています。ベケートワの詩による歌曲をピアノソロ用に編曲したものですが、隅々までピアニスティックな美しさで溢れていると思います。私が特に美しいと思うのは、曲全体に漂う香りです。シンプルなイントロ部分は密やかに漂うリラの花の香りのみが感じられます。リラの花そのものはまだ見つけられていないのです。その微かな香りを頼りにリラの花を探しに行き、ついに見つけた時の喜びと圧倒される程の芳香がシンクロしながら、崇高さすら感じさせるクライマックスを経て、曲の最後の一音の余韻まで甘い香りは漂い続け、消えることはありません。

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大切な詩 ~2008.7.30の記事~

「リラの花」
E.べケートワ


朝早く
明け方に
露に濡れた草を踏み
私はすがすがしい朝の空気を吸いに行く
かぐわしい木陰
リラの花が咲き群れている木陰の中に
私は自分の幸福を探しに行く


一生のうちにただ一つの幸福に
巡り合うのが私のさだめ
そしてその幸福はリラの花の中に住んでいるのだ
緑の枝
かぐわしい房に
私のささやかな幸福が花を開いているのだ

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初めに

私の尊敬してやまない、今は亡きN.G先生が初めて夢の中に出てきて下さったのは、もう2年半も前のことになります。長女は4歳、次女はまだ1歳の時で、日々子育てと家事に追われ、心が震えるような感動とは遠ざかっていました。そんな時、夢の中でN先生の音楽に触れ、忘れていた音楽への情熱が蘇ったのです。私は夢の中で涙を流していました。そして、慌ただしい日常の中にあっても、美しい一時を思い出して書き留める時間を、ほんの僅かでも持ちたいと思ったのです。その思いだけで今まで細々と綴ってきたのですが、その大切なブログが間もなく閉鎖されることになり、こちらへお引っ越しさせて頂くことに致しました。これからも変わらず、音楽のこと、子供達のこと等を綴りながら、過去記事も平行して少しずつ載せていきたいと思っております。どうぞよろしくお願い致します。

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