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2011年2月 2日 (水)

レチタティーヴォとアリア(3)~2010.10.11の記事~

この和音を押さえておくことにより、ペダルを自由に踏み替えることが出来ます。チェンバリストには厳密に書かれた音がなく、その自由さも自然なものなのだということでした。

Piu AdagioのDesからのメロディーラインはイエスの「神よ、何故私をお見捨てになったのですか」という最期の言葉がふさわしく、イエス自身ではなくエヴァンゲリストの語る客観的な視線の音楽のように感じられます。

5小節目の左手のH、Dis、Fis、Aの和音もやはり、チェンバロであれば、アルぺジォで弾くのがふさわしいでしょう。右手のAの連続は、D先生の、イエスの受難とはまた違ったファンタジーの中では、秘密の恋人に対する溜め息です。アントニアという、夫も子供もいる女性に対しての思いが募り、結婚出来ないとわかっていても、その心を押し止めることが出来ない…Aの連続はアントニアへの思いの表れなのです。

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