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2011年4月

2011年4月27日 (水)

呟き

寝る前の読み物として、枕元で作った「熊と私」を、子供達はとても気に入り、繰り返し読んで欲しいとせがまれるようになりました。何度目かを読み終えた時、長女が真顔で「今のママはどっち?」と聞きました。まさか…本気で私の中身が熊のママと入れ替わっていると信じているのでしょうか?長女の言動には慣れているつもりでいても、やはりビックリしてしまいます。夕べは「キリンやトラのママとも入れ替わって~」と言われてしまいました。熊と言えばシャケ…という安易な発想から「熊と私」は作ってしまったのですが、本当は、普段どんな暮らしをしているのでしょうか。長女の要望に応えるとしたら、少し調べてからにしたほうが良さそうです。

今更という感もありますが、昨日から「呟き」始めました。私は文章を書き出すと、ついダラダラと長くなり、途中で休んでしまったり、他のことを書き出してしまったりするという悪癖がありますので、140文字という制限の中で、それを戒め、削ぎ落とした形で可能な限り伝えられるように務めたいと思っております。ユーザー名は“riranohana”です。お時間のある方は、まだ一度しか呟いておりませんが、どうぞお越し下さい。

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2011年4月25日 (月)

熊と私(3)

「…あなた達とのお喋りは楽しいけど、お家のことをいろいろとやるのは大変ね」

「ママが帰ってきたら、熊くんとどんなことしてきたか聞いても良い?」

「あら、それはダメよ。秘密って約束だもの」

「でも熊さんは喋ってるじゃない」

「そうだった…それを言われると弱いわね。わかったわ。入れ替わる時にあなた達のママに話しておくから」

「ありがとう。楽しみだなぁ」

「さぁ、もうそろそろ寝ましょうね。あなた達が起きる頃には本当のママが戻ってきているわよ。秘密を喋ってしまったから、残念だけどもう取りかえっこは出来ないわ。あなた達ともお別れね」

「そんな…もう逢えないの?」

「ごめんね。もう来られないの。でも時々、私の代わりに妖精さんに、あなた達の様子を見に来てもらうわ」

「わぁっ!今度は妖精さんが来てくれるの?」

「ええ。だから寂しくないでしょう?安心してお休みなさい」

「わかった…熊さん、お休みなさぃ…」

「お休みなさい、可愛い子達。あぁ…もう眠ってしまったのね。あなた達のことは忘れないわ。さようなら。元気でね」

(終わり)

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熊と私(2)

「…一応やり方は教えたんだけど、水の中の魚を捕るのは私でも失敗することがあるから」

「ママ…大丈夫かな…」

「ウチの子達お魚が大好きで、あなた達のママにいつも、捕って捕ってってせがむんですって。妖精さんがあなた達のママを心配して、ずっとついていてくれてるんだけどね。この間はお魚を追いかけていて、川の中で転んで足を岩にぶつけて、腫れてしまったそうよ」

「あっ!そう言えば、ママ足が痛いって言ってた!」

「その時はさすがに、時々入れ替わって欲しいなんてお願いして、悪かったなぁと思ったわ」

「そうなんだ…ママはどうして熊さんの子供達のママになっても良いって思ったのかな」

「初めて私と妖精さんがここへ来た時(あなた達はグッスリ寝ている真夜中よ)ママはそれはそれは驚いていたわ。でも話しを聞いてくれて、私の子供達の様子も妖精さんが見せてくれて、ちょっとだけなら、熊さんの子供達のママになってみても良いなって言ってくれたの」

「それなら、またママは戻ってくるんだね」

「そうよ。私だって、ずっと人間の体のままではいられないもの」

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熊と私(1)

「ママの手はホカホカあったかいね~」

「そうでしょう。だって本当は熊だもの」

「えぇえ~?!熊?!」

「あっっ!子供達にはお互い絶対に秘密にしようねって約束してたのに、うっかり口が滑っちゃったわ…この体は○○ちゃんと△△ちゃんのママのものだけど、中身は違うの。私はね、山奥に住んでる熊のママなのよ」

「そうなの?どうして熊さんがママの体の中にいるの?」

「昔、ちょうどあなた達くらいの姉妹が山に遊びに来て、楽しそうに笑ったり歌ったりしているのを見て、人間の女の子のママも素敵だなぁって思って…ウチは男の子2匹だしね。仲良しの妖精さんと一緒に、ちょっとだけ入れ替わってくれる人間のママを探して、見つけたのがあなた達とママだったというワケ」

「全然気がつかなかった~いつからママじゃなかったんだろう」

「今日はついさっきからよ。あまり長くは入れ替われないの。お互い慣れないことばかりで疲れてしまうから」

「それじゃあ○○と△△のママは今、熊さんの男の子達と一緒にいるんだね?」

「そうなの。あなた達のママ、お魚捕るのが大変だって言ってたわ」

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A(N).G先生の夢(3)~2008.10.6の記事~

それから数日の間、私はその夢の余韻に浸って過ごしていました。音楽で満たされていた日々を思い出し、繰り返し味わうように記憶を辿りました。美しく幸せな日々だったと改めて感じました。そして今は、別の幸せの中にいるということも…家事と子育てをしながら、音楽に関しても結婚前と同じように勉強を続けたい等と思っていた為に、理想と現実のあまりのギャップに苦しんだのです。今しかない子供達との時間を大切にしつつ、僅かながらある自分の時間の中で、少しずつ少しずつ、出来るだけの勉強を続けていくことが、今の私にとってちょうど良いペースなのだと思えるようになりました。

先生は私に、現実を見つめ、今の状態でのベストを尽くすことを教えて下さったのです。

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A(N).G先生の夢(2)~2008.10.4の記事~

夢の中で慌てふためきながらも、その時唯一暗譜で弾くことが出来たベートーヴェンのソナタOp.110を思い出し、第1楽章を演奏しました。じっと耳を傾けていて下さった先生は、私が弾き終わると「貴女がこの曲をどう演奏したいと思っているのかがわかります。今の演奏がそれとは似ても似つかぬことも…その差を一番知っているのは貴女自身ですね」と仰ったのです。私は目に涙が溢れてくるのを感じました。全くその通りだったからです。何日もロクに練習していないのですから無理もないことなのかもしれませんが、その時はそれも自分自身に対する言い訳としか思えませんでした。

目を覚ますとやはり目に涙が滲んでいました。ついさっきまで、隣りで優しく微笑んでいらした先生の顔が思い出され、込み上げてくるものを抑えることが出来ずに、まだ夜の闇の残る明け方に、私は一人、声を殺して泣きました。

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A(N).G先生の夢(1)~2008.10.2の記事~

このブログを開設するキッカケとなったA(N).G先生の夢について書きたいと思います。

気がつくと、私は見知らぬ部屋にいました。グランドピアノが2台並べて置いてあり、真向かいには大きな美しい風景画が飾ってあります。壁には天井に届くような本棚があり、楽譜や本がギッシリ詰まっていました。古い書物特有の匂いが漂ってくるようでした。

A(N).G先生は奥のピアノの前に座っていらっしゃいました。先生はにこやかに私に椅子に座るよう勧めて下さいました。そして「レッスンを始めましょう」と、早く弾くよう促しました。私は焦りました。最後に納得出来る練習をしたのはいつだっただろう。数日前?それとも数週間前だったかしら?

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2011年4月21日 (木)

幸福の調性(3)~2008.9.28の記事~

ピアノの為に作曲されたものではないということを踏まえ、尚且つピアノの持つ特性を最大限に生かしての演奏こそ意味があると言われました。ピアノで弾いてもチェンバロのように聴こえる独特な雰囲気のあるところも素敵ですので、そういう部分も生かしつつ、演奏出来るということが理想なのだと思います。

1小節目、3小節目のように、自然にチェンバロのように聴こえる部分と、意識的にチェンバロのように弾く部分とがあります。J.D先生は5小節目の右手のDesのアクセントと、6小節目のやはり右手のBのアクセントはどちらも「チェンバロで弾くように…チェンバロの特性を生かして…との示し」だと仰っていました。

美しい調性、または即興的なところは、和音をチェンバロ的にアルペジォで弾くことが出来ます。それは例えば54小節目のA、C、Esの和音、56小節目のE、G、Bです。ここを和音として同時に響かせるのと、アルペジォにするのとでは、全く違った音楽性になります。前者ではコンチェルト形式が感じられるのに対し、後者ではチェンバロの雰囲気が漂います。どちらで弾くかは、演奏者自身の好みということになるのでしょう。

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幸福の調性(2)~2008.9.27の記事~

H.K先生もやはりAs Durは幸福の調だと仰っていました。そして、このプレリュードはコンチェルト形式だと…平均律には大きく分けて3つのタイプがあるということでした。

(1)舞踊風
(2)宗教的
(3)コンチェルト形式

1小節目と3小節目はオーケストラ、2小節目と4小節目はソロとして捉え、最初の4小節でtuttiとsoloの対比を示さなくてはなりません。左手の生き生きとしたリズム感溢れるフレーズは、トランペットの力強く明るい響きのようなイメージでしょうか。生命の息吹きのような瑞々しい躍動感があり、後に続く、語りかけるようなソロ部分との対比が見事です。

この曲を初めてH.K先生にレッスンして頂いた時のことです。
「乾いた感じの弾き方をしているのはどうして?」と言われました。自分では気づかなかったのですが、チェンバロの響きが好きで、ヘルムート・ヴァルヒャの平均律全集を好んで聴いていた為、無意識にチェンバロの響きを求め、真似て弾いていたようです。私がそう答えますと先生は「チェンバロを意識することはとても大切。でもピアノを弾いている以上はピアノ曲としての演奏を追求しなくては」と仰いました。

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幸福の調性(1)~2008.9.25の記事~

J.S.バッハ:
平均律Ⅱ巻17番変イ長調より
プレリュード


「バッハの曲は調性に色があり、調性ごとにキャラクターを持っている。調性はその曲を支配するとさえ言える。調性の意識は奥深く、バッハには不可欠なものである」

中でもAs Durは特に大切な調だとJ.D先生は仰っていました。美しく、幸福感に満ち溢れた調性を示さなくてはならないと…

ベートーヴェンは、平均律を全曲暗譜で弾くことが出来ました。バッハの調性とキャラクターに影響を受け、悲愴ソナタの第2楽章でAs Durを選んだのではないかと言われています。

この17番のAs Durにおいて、サブドミナントDes Durは、この世のものとは思えない程美しく優しく、最愛のもの。ドミナントEs Durは、たっぷりと安定したもの。平行調f mollは弱々しく痛々しいもの、慎重に歌われるべきところ。幸福の調As Durから転調する時は、このようなイメージで…というお話しでした。

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2011年4月19日 (火)

解答例

今月から2年生となった長女が、家庭学習ドリルを始めてもう一年が過ぎました。小学校入学を機に公文や学研に通い出すお友達のお話しを耳にすることが多くなり、毎日数分でも机に向かう習慣だけは、今のうちからつけたほうが良いかもしれない…という思いから、通塾ではなく、時間のある時に家で出来るドリルを選択しました。進研ゼミ程ポピュラーなものではありませんが、今の長女に程良い進み具合で、息抜きのページも面白く、そして小学校で使用している教科書に沿わないという方針が却って気に入り、親子で楽しく続けています。

長女を学校へ、次女を幼稚園へと送り出した或る朝、前日に長女が独り言を言いながら取り組んでいたドリルのページの丸つけをしていました。絵に合うように□の中に自由に言葉を入れるというもので、模範解答に加えて「絵の内容に沿っていればOK」とも書いてあったので、悩んだ末に私は丸をつけてしまいました。なかなか面白い解答だと思って…親バカかもしれませんが…

解答例

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螺旋の彼方(3)

凡人の私ですらこうなのですから、小さな頃から哲学書を愛読するような、常に崇高な次元の世界の住人のような当時のキーシンにとって、どれ程の過度の刺激となってしまっただろう…と思われてなりませんでした。私のそんな心配をよそに、彼の演奏はいつも素晴らしいものでしたが…

演奏中のキーシンはいつもユラユラと体が揺れ、円を描くように動いていました。それは宇宙へ、そして人々が“神”と称する世界へと続く、螺旋を描きなぞっているように思われました。キーシンの演奏には時として、指の許容範囲を超えたような乱れた響きがあったり、左右が微妙にズレてしまうといったことがありましたが、それも螺旋を描いている故のことだと聞いたことがありました。後に、J.D先生の講座やH.K先生の個人レッスンを受けさせて頂き、宇宙との繋がり故の不均衡について、理解を深めることが出来たのは幸運でした。

(螺旋の彼方4に続きます)

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2011年4月16日 (土)

螺旋の彼方(2)

私がモスクワ音楽院のインターナショナルサマースクールに参加したのはソ連崩壊から2~3年後のことだったと記憶していますが、その時ですら、まだ精神的な“何か”が、大気中に、自然の中に、あらゆる場面に漂っているのが感じられたのです。崩壊前の或る種閉ざされた、あらゆる情報や誘惑から遠ざけられていた状態が、一部の人々にとっては、音楽に、哲学に没頭出来る環境を作り、その目には見えない精神的豊かさが風土に溶け込んで“何か”を感じさせるのではないかと思いました。2週間の滞在から日本へ帰国した時、あらゆる情報が、自然ではない様々な色彩が、洪水のように押し寄せてくるのを感じました。昼も夜もなく音と光が溢れ、驚く程便利で清潔で、そして情報過多で…今まで当たり前のように思っていたその状態から僅か2週間離れていただけで、目が眩み、情報の波に溺れそうになりました。

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螺旋の彼方(1)

エフゲニー・キーシンが神童と呼ばれていたのは15~16歳の頃だったでしょうか。来日する度リサイタルへは欠かさず足を運んでいました。まだソ連が崩壊する前で、アンコール時、どんなに客席から花束を差し延べられても、ただ微笑み、手を合わせるだけで、舞台上から受け取る姿を見たことは一度もありませんでした。中にメッセージ等が入っている可能性があり、政府の許可のない通信を行わせないよう、花束を受け取ることを禁止され、見張られている…政府は亡命を恐れているのだ…という噂でした。その為、キーシンのリサイタルの後はいつも沢山の花束が舞台上に残されていました。

その頃のキーシンは正に神秘の存在であり、あまりにも澄み切ったその瞳は、芸術以外のものを映したことがないのではないかと思わせる程、美しく潤っていました。物質と情報と色彩に溢れたこの国が、彼の清らかさを汚しはしないかと、心配になる程でした。

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2011年4月 9日 (土)

空の絵の具~2008.9.21の記事~

~これは、長女がまだ5歳の時の記事です~


一昨日の夕方、そろそろお風呂にしようと支度していた時、長女が「ママ~お空が綺麗だよ」と呼びにきました。太陽が完全に沈んでしまう前のほんの一時、オーロラのように空が色鮮やかに染まる瞬間でした。

3人でしばらく空を眺めていた時、長女が「神様も絵の具遊びしたのかな」と言いました。前日に派手に絵の具遊びをしたばかりだったので、神様もお空で同じように絵の具で遊んだものと思ったようです。忙しい夕刻、思いがけないプレゼントのような、美しい空でした。神様のなさることは本当に美しいですね。

空の絵の具~2008.9.21の記事~
空の絵の具~2008.9.21の記事~

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エレジー(8)~2008.9.17の記事~

90小節目G、B、Des、Esの和音は特別なものです。ピアニッシシモを大切に大切に、ゆっくりの打鍵で…ここでまた場面が変わるのです。内面を静かに見つめていた瞳が、ほんの少し現実味を帯びてきます。99小節目からまた徐々に悲しみが募り、最後の爆発を予感させます。

106小節目の最後では、全ての音が鳴り渡り、全てのリズムが鮮明となり、意志が明確に示されます。にも関わらず、まだ何か心に秘めていることがあるように感じられるのは、最後の音がBだからでしょうか。

エレジーは106小節の小品ではありますが、ラフマニノフの特徴である悲しみのニュアンスが如実に表れていて、大曲に通じるスケールを持った曲だと思います。

A.M先生とH.K先生からレッスン時に頂いた言葉でイメージが膨らみ、予定外に長々と書いてしまいました。ここまで読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。

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エレジー(7)~2008.9.17の記事~

暗闇の休符後は2人の静かな、あまりにも静かなデュエットです。この2人に、未来はないように思われます。それをお互い理解していながら口には出さず、静かに語り合っているのです。

H.K先生は、83小節目は声質の違う2人の語らいだと仰っていました。続く84小節目からの再現部は、二度と逢えない人を想い、心の中で別れを告げるところだと…ここは最も弱く美しく、不安と怖れで胸の中が揺らいでいます。

「やはりあの時が最期の語らいだったのだ」と83小節目のデュエットを思い出すようなところではないでしょうか。

H.K先生が仰った「別れ」とは、私など想像もつかないようなものでしょう。本人同士の意志ではもちろんなく、抗うことの出来ない力によって、お互いを想いながらも二度と逢えない…生きているのかどうかもわからない…私はここに歴史の闇を感じるのです。一個人の意志など完全に排除された巨大な闇の動きを…

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エレジー(6)~2008.9.15の記事~

「クライマックスの果てに…」


70小節目で頂点に達したフォルティッシシモは、78小節目でもまだ尚凄まじいエネルギーを保ったままです。その凄まじさは、自分の内なる力等到底及ぶものではありません。何かとてつもなく大きなものが、自分自身を媒体として、その抑えきれないエネルギーを放出させているかのような感覚…人間の許容量を遥かに超えたそのエネルギーによってのみ導かれるクライマックスなのです。突き動かされるような衝動、刺すような輝きとその色彩音、爽快感すら伴う光の放出は、78小節目からの同じ音型の繰り返しによって徐々に弱まり、82小節目のフェルマータで完全に終結します。目の眩むような光とエネルギーが過ぎ去り、83小節目に入るとそこは真の闇です。しかしそれはほんの一瞬の錯覚…闇かと思われた休符の後、ふと気がつくと、ほの明かりの中に一組の男女が佇んでいます。

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他者の魂への目覚め(2)~2008.9.11の記事~

光に目覚め、他の人々が語りかける言葉にも目覚めますが、しかし言葉も人間の外的=自然的なものに属します。
私達は誰かが内から外へ向けて語る言葉には目覚めますが、誰かの魂の深みの中で生じているものに、目覚めるのではありません。

通常の日常生活の中では、他の人々の外的な側面に目覚めますが、他の人々の内なる魂に目覚めるのではないのです。

魂における目覚め、これがもうひとつの目覚めであり、私達の魂の生活の第三の状態なのです。

自然の呼び声を通して第一の状態から第二の状態へ目覚めます。第二の状態から第三の状態へは、他の人の魂の呼び声によって目覚めるのです。しかしその為には、この呼び声が聞こえなければなりません。通常の目覚めに際して、私達の魂が、光と音を感じ取るように、私達の内面が隣人の魂を感じとる時、私達は高次の段階への目覚めを体験するのです。
(人智学的共同体結成)

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他者の魂への目覚め(1)~2008.9.11の記事~

「他者の魂への目覚め」
R.シュタイナー


夢の世界は、それがどれ程壮麗であり、美しいイメージに満ちたものであったとしても、それはこの世に生きる人間を孤立させる世界です。

夢の世界の中では、誰でも常に一人なのです。

そこでの私達は、横たわり、眠り、そして夢見ます。その周囲では、人々が同様に眠っていたり、或いは目覚めて働いていたりしますが、私達の夢とは何の関わりも持ってはいません。

しかし私達が目覚めますと、特定の共同生活の中に入っていきます。私達のいる部屋には他の人々がおり、その人達と生活を共有します。

私達が環境に目覚める時、夢の孤立状態から目覚め、たとえその夢がどれ程壮麗で、有意義なものであったとしても、もはやその夢の世界に閉じこもろうとはしません。

けれどもその時の私達は、光に、音に、熱に、その他の感覚世界の内容に目覚めても、まだ他の人々の深い内面にまでは目覚めていません。

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2011年4月 3日 (日)

二度目の味わい(2)~2008.9.6の記事~

私は恥ずかしながら知りませんでしたので、正直にそう言いました。するとその方は「bisは、ビスケットbiscuitのbisなんですって」「bisは2度、cuitはラテン語で焼くという意味。ビスケットが2度焼きされて、より香ばしく美味しくなるように、ここの繰り返しも2度目は1度目よりももっと味わい深くならなくちゃいけないんですよね」そう言って溜め息をついたのです。
私は本当にそうだと思い、心の中で唸ってしまいました。

「繰り返し」の部分にもよると思いますが、じっくりと染み入るように忠実に繰り返されるのも素敵ですし、二度目に変化を求める演奏者自身の気持ちに添うのも、また良いものです。

その時弾かれていた繰り返しは、第2楽章の冒頭の僅か8小節の短いもので、1楽章の躍動的な終結の後、その場を清めるような美しさがあり、あまりにも短いので、もう一度聴きたいと聴衆が、そして何より演奏者自身が欲するところではないかと思い、そう申し上げました。

今もあの方はピアノを弾かれているでしょうか。レッスンの時はいつも姿勢を正す思いでした。懐かしい思い出です。

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二度目の味わい(1)~2008.9.6の記事~

都内の某音楽教室でピアノ講師をしていた時のことです。

下は4歳から、上は還暦を過ぎた方まで幅広い年齢層の生徒さんを担当させて頂いておりました。大人の生徒さんは、ピアノに関しては私のほうが教える立場ではありますが、人生においては先輩であり、勉強になることも多々ありました。レッスン内容に関しても、弾きたい曲がハッキリしており、御自分でその曲について調べていらしたり、何人ものピアニストのCDを聴き比べて感想を述べられたりと、私のほうが教えられることも多かったのです。

中でも特に熱心な方が、ベートーヴェンのソナタ(第6番 作品10ー2 へ長調より第2楽章)を弾いていた時、ふと「先生はこの繰り返しの記号bisの語源を御存知ですか」と言われました。

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