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2011年8月15日 (月)

祖父の背中~2008.11.24~25の記事~

私がまだ小さい頃、夕食を知らせに行くと、いつも机に向かって勉強している祖父の背中がありました。詩吟を教えていた祖父は、詩吟の言葉一つ一つ・歴史・背景等をいつも勉強しており、お稽古の時にお弟子さん達に伝えているようでした。祖父は先生という立場でなかったとしても、きっと変わらず勉強を続けていたと思います。そんな祖父を見て育った私は、学びには生涯終わりはないということを、子供の頃から本能的に感じていました。私も祖父のように、生涯音楽を友とし、学びそのものを喜びとしたいと常々思っておりました。祖父の学びの姿勢は、いつも私の理想であり、目標であったのです。

祖父は体の具合が悪くなっても、詩吟のお稽古はもちろん、公民館長と、選挙管理委員会の仕事も続けていました。選挙が終わり、仕事が一段落して病院にかかった時は、癌が進行し、もう手遅れの状態でした。

入院して数日後、私は祖父の足のむくみが、ひどくなっていることに気づきました。話すこともままならず、辛そうな様子に思わず「おじいちゃん、大丈夫?」と問いかけていました。祖父が何か言おうとしていたので、口元に耳を近づけると、祖父は苦しい息遣いの中「心頭滅却すれば、火もまた涼し…の精神だから、大丈夫だ」と気丈に答えました。

体は病に倒れても、祖父の精神までは蝕まれていなかったのです。私を心配させまいとの配慮からの言葉だったと思いますが、強い薬のせいで意識も朦朧としていたはずです。そういう時にこそ、その人の持つ本質・生き様のようなものが現れるのではないでしょうか。

祖父は辞世の句を残し、まもなく亡くなりました。

一年以上経った或る日、祖父のお弟子さんだった方が2人、ウチに来て下さいました。2人は仏壇の前で祖父に試験に合格したことを報告し「聴いて頂きたい」と、課題を吟じ始めました。私はその時知ったのです。祖父が私達家族だけでなく、お弟子さん達の心の中にも存在しているということを…亡き祖父に捧げられた詩吟はとても神聖で、その場の気が凛と澄み渡りました。

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