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2012年8月

2012年8月29日 (水)

仲良し3人組

「あれ~!ナナちゃん、久し振り」

「あっ!ココちゃんじゃない。ミミちゃんも」

「3人揃うなんて偶然ね」

「ねぇねぇ、どこかでお茶でもしていかない?」

「しようしよう!ここに入らない?」

「座り心地良くて、のんびりしちゃうなぁ」

「・・・それにしても、3人で食事してるのに全然気づかないなんて・・・鈍いのかな」

「良い場所見つけたねっ」

「今度またここで待ち合わせしようよ」

「うん!じゃあ来週またこの場所でね」

「バイバ~イ!!」

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

先日、主人の実家の庭で蝉取りをしていた長女が「痒い、痒い」と家の中に戻ってきました。虫除けスプレーをしてから庭に出たのですが、それでも足を8ヶ所も蚊に刺されていて、そのうち3ヶ所は左膝の横に集中していたので「蚊のお友達同士で偶然逢って、ここでお茶していかない?って○○(長女の名)の血を吸ってたんじゃないかな」と言ったらとても面白がったので、ちょっとだけ会話を作り、枕元で読み聞かせてみました。

「○○達、来週はいないのに、どこで待ち合わせしてるんだろうね?」と長女も次女も眠りにつくまでずっと気にしていました。

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無意識が綾なすもの(4)

H.K先生はこのテーマ部分について、荘厳な建築美、敬虔な信仰のようなイメージをお話し下さっていたのですが、私はおこがましくも、突如閃いた思いをどうしても先生に聞いて頂きたくなりました。支離滅裂になりながらも何とか説明を終え「このようなイメージで弾いても良いでしょうか?」とお聞きすると、H.K先生はニッコリとO.Kして下さいました。

テーマ部分の私のイメージは、そこへ至るまでの13小節の、先生がレッスンして下さったイメージに不思議と調和していました。建築様式のような緻密な美しさ、静かな祈りのようなテーマの終止・・・先生がお話し下さったテーマの中にあって、14小節目に表れたテーマの重なりは、透明な輝きをもって私の胸を垂直に貫きました。ベートーヴェンの理解を深める為に読み始めたカントでしたが、それがユングへと繋がり、バッハのテーマのイメージに重なるとは、思ってもみないことでした。

プレリュード、フーガ共、かなり弾き込み、素晴らしいレッスンをして頂きました。またほんの一小節のみの記事となってしまいましたが、曲全体についても、また改めて書きたいと思います。

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無意識が綾なすもの(3)

この部分を弾く為にそれまでの13小節があるのだと思わせる程、私にとっては美しく、また何かを感じさせる音楽でした。でも、その何かがわからず、モヤモヤしたまま、H.K先生にレッスンして頂いていた時です。ユングの集合的無意識が、14小節目の音楽の中で示されているのではないかという思いが閃いたのです。深くユングについて掘り下げていらっしゃる方が御覧になっていたら、もしかしたら全く見当違いのことを言っているかもしれません。でも当時の私には、一つのテーマが音域を変え音価を変え、折り重なるように表れては消えていく様が、後のユングの集合的無意識に通じるように感じられたのです。世界中のありとあらゆる人々が、それぞれの国と地域でそれぞれの人生を営んでいる・・・お互い存在すら知らない者同士、すれ違うことがあっても気にもとめない者同士が、無意識下では繋がっている・・・それぞれの意識は表面的には交わることはないが、無意識下では同じテーマを歌い、同じ音楽を奏でている・・・一つのテーマが人の一生のように、テーマの重なりはそれぞれの人生の織り成す同じ無意識状態のように感じられたのです。

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2012年8月28日 (火)

無意識が綾なすもの(2)

きっとその生徒さんも、何故今までダンテを読もうとしなかったのだろう…と悔やんでいらしたに違いありません。レッスンを聴かせて頂きながら、私も神曲を読みたくなっていました。

A.M先生の御宅からの帰り道、本屋さんに立ち寄り、カントの入門書を購入しました。図書館でも著書を探し、わからないまま読み進めるうちに、カントが後のユングに影響を与えていたことを知りました。今度はユングについて調べたくなり、本を読みましたが、独学での限界を感じ、またわかったつもりになってしまうことへの恐ろしさもあった為、講座を探して申し込みました。コラージュや箱庭の制作もしました。数日だけの講座では触りだけしか学べないことはわかっていたのですが、それでもユングの「集合的無意識」という思想は強く印象に残りました。

その頃の私はA.M先生に紹介頂き、H.K先生にもレッスンして頂いていました。平均律第2巻のc-mollを次の課題に戴き、自宅でフーガの練習をしていた時、14小節目からのテーマの重なりの部分に、強く惹かれている自分に気づきました。

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2012年8月15日 (水)

無意識が綾なすもの(1)

まだ私が20代前半の頃、いつものようにA.M先生にレッスンして頂いていました。その時はベートーヴェンのソナタを持っていったのですが、弾き終えた私に先生がふと「カントを読んだことはある?」と仰いました。ベートーヴェンはカントから多大な影響を受けていて、曲の中にもそれが随所に感じられると…先生の口調は穏やかでしたが、私には「カントを読み、それを理解することなく、ベートーヴェンを演奏することは出来ない」と仰りたいのだとわかりました。何故今まで読もうと思わなかったのかと自分を恥じながら思い出していたのは、或るピアニストの公開レッスンを聴講に行った時のことでした。

リストの「ダンテを読んで」を弾いていた生徒さんに先生は「貴女はダンテを読んだことがありますか?」「ダンテを読まずにこの曲をどう演奏するつもりですか?」と、仰っていました。通訳の方を介しての言葉ではありましたが、先生の厳しい姿勢が伝わってきて、会場の雰囲気はピンと張りつめたものとなりました。先生が仰っていたことは、尤もなことです。

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