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2013年1月

2013年1月18日 (金)

感覚を奏する(3)〜アルメニアの夜〜

感覚を奏する(3)〜アルメニアの夜〜


「夜」アルメニアの歌

アルメニアの荒涼とした風景、漆黒の闇のような夜を思わせる曲です。

今でも市街地を少し離れると、セピア色の大地が広がり、灯りもまばらになるというアルメニア…この曲が作られた当時は、どれ程の深い闇であったのか…レッスンの中で想像を膨らませていきます。

長女の想像の中での「アルメニア」は朝と昼のない、夕方と夜だけの国で、夜が明けても夕方の明るさにしかならないそうです。同じ音型を繰り返す毎にどんどん暗くなり、遠くでカラスの鳴き声が聞こえることがあっても姿がまるで見えない程の暗闇となります。

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2013年1月16日 (水)

感覚を奏する(2)

私がまだ音大生の頃から数年に渡り、A.M先生に薦めて頂いて、ロシアの(当時はソビエトの)ピアノ奏法を、或る先生に手取り足取り教えて頂いていたことがありました。先生の御宅で私は、今は廃版となってしまったその教則本と出逢ったのです。載っていた曲は小さな子供の為の易しい譜のものが多かったのですが、どれもが豊かな音楽性に溢れており、最小限とも言える僅かな音の中に、底が窺えない程の芸術の奥深さを思わせる曲もありました。一音の響きに求められている表現の多様性、また、音と音との間に流れる喩えようのない豊かさ、スラーの様々な意味等・・・沢山のことを学ばせて頂きました。一音の中に、一和音一フレーズの中に、これ程の違う音色と意味が隠されているのかと、レッスンに伺う度に驚きの連続でした。

譜読みは易しくても、音楽性においては大人でも難しいと思われるものも多々ありました。カンツォーネもその一曲です。当時の記憶とメモを頼りに、長女と共に学んだこと、またA.M先生にレッスンして頂いたことを、ここに書き記したいと思います。

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2013年1月 5日 (土)

感覚を奏する(1)

長女は今、フレスコバルディの「カンツォーネ」を練習しています。まだ難し過ぎるとA.M先生には言われたのですが、長女に合うのではないかと思い、今のレベルよりも背伸びしてのレッスンをして頂くこととなりました(先生、御迷惑をおかけして申し訳ありません)仙台での普段のレッスンでは、フレスコバルディの肖像画や、その時代の美しい楽器の写真を眺め、当時はどのような生活をしていたのか一緒に想像することから始めました。長女なりにこの曲に対するイメージを膨らませてから、音質と音型を深め、心に染み入るまでのゆっくりの練習を繰り返していました。

どう表現したら良いのかなぁ…と長女は悩んでいます。ポリフォニー部分の難しさ、メロディーと伴奏とのバランス、音型ごとの奏法や強弱等を踏まえた上での、その時代の空気感、雰囲気としか言いようのない感覚について、私もどう伝えたら良いものか悩んでしまいました。それは意図的に表現するものではなく、忠実に奏することによって、曲全体を通して滲み出てくるものだと思うからです。
(感覚を奏する2に続きます)

遅くなりましたが、皆様、明けましておめでとうございます。実生活が忙しく、なかなか更新出来ずにおりますが、今年もどうぞよろしくお願い致します。

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