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2013年11月

2013年11月 8日 (金)

ペダルの融合(7)~2009.4.20の記事~

思い出されるのは、偉大な先生方のペダルに対する芸術的な表現でした。

トレモロペダル、ヴィヴラートペダル…

細かいパッセージ等の時、その一つ一つを生かしつつ、一つのフレーズとして全てが繋がるように、そして完全に濁りが排除されるように、トレモロのように、或いはヴィヴラートのようにペダルをつけます。右足の先は非常に小刻みな動きとなり、それは手の指のトレモロのようです。踏み込みは、ペダルの深さの1/3~1/4程の薄い間を震わせるような感覚でしょうか。あくまでも目安ですが…ピアノによってペダルの深さも微妙に違いますので、その都度そのピアノに合わせた踏み込みの感覚を掴まなくてはなりません。

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ペダルの融合(6)~2009.4.19の記事~

そのレッスン時、生徒さんが言われたのは、ダンパーペダルのことだけではありません。弱音ペダルについてもS.D先生は仰り、そして怒り出されました。

「どちらのペダルもON/OFFではありません」

「日本では、弱音ペダル禁止令でも出ているのですか!」

「貴女はピアノを始めたばかりで、まだペダルに脚が届かなかった頃の小さな女の子のまま、大人になったようだ」

ピアノの前で小さくなっている生徒さんを気の毒に思いながら、私はN.S先生のレッスンを思い出していました。先生は「ペダルは第3第4の腕とも言うべき重要なもの、ピアノの音と常に共にあるものです」と仰っていたのです。S.D先生も同じことを、その生徒さんに伝えたかったのではないでしょうか。

N.S先生にレッスンをして頂いたことで、私のペダルに対する意識は確かに変わりました。しかし、第3第4の腕と言い切れる程の意識は持てていないということを改めて自覚し、愕然となりました。

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2013年11月 7日 (木)

音楽の背景に(3)

J.D先生は、ラテン語で歌いながら弾いて下さいました。その演奏は、もしその部分の言葉(歌詞)を、宗教的背景を、意識しなかったらどう音楽が変わるのか・・・等と考える余地すらない、圧倒的な迫力と説得力に満ちていました。テーマの4音を聴いただけで、大地のとてつもない怒りが、バリバリと世界を飲み込んでいくような恐ろしさを感じました。減7度下のGis音は、肌を切り裂くような鋭さと、下腹部に響くような重厚さを併せ持ち、受難の痛み、苦しみそのもののように、私の胸を打ちました。

もし私がたった一度でもあのように演奏することが出来たら、どんなに良かったでしょう。その生徒さんもきっと、講座の素晴らしい内容と共に、心から納得して下さったに違いありません。

残念ながらそう出来ない私は、正直にお話しする他ありませんでした。模範演奏をお聴かせすることが出来ないことを詫びるとその方は「いえ、お話し頂いただけで、世界が広がりました」と仰って下さいました。

音楽の奥深い背景やイメージを説明されたあと「このように」とその言葉通りに演奏することが出来るというのは、何と素晴らしいことだろう・・・と、改めて思いました。

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