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2015年9月12日 (土)

ペダルの融合(10)~2009.5.1の記事~

N.S先生とS.D先生のレッスンを経て、手よりもペダルのほうに神経が集中してしまう時期がありました。その頃聴きに行ったピアノ・リサイタルでも、ついペダルばかり見聴きしてしまっていたのですが、いつも驚く程ペダルが駆使されていました。それはトレモノのように細やかで繊細な動きであったり、ベースの雄大な響きを助けるような深い踏み込みであったり、自然な和音解決にひっそりと添えられたものであったり・・・ほんの一音、余韻の最後の波動に至るまで、文字通り隅々まで両方のペダルが生かされていたのです。キラキラと舞い散るようなパッセージも、唯の一音も混じり合うことなく美しく響いたかと思うと、ベースと、或いは隣り合う音と微かに混じり合い、違う色合いを見せることもありました。それら全てがペダルでコントロールされていたのでした。そして両足共、それだけ駆使されていながら、コトリとも音がしませんでした。完全に足先とペダルとが一体となっていたのです。どうしてこれ程重要な、第3第4の腕とも言われるペダルを、手指と同等に感じることが、今まで出来なかったのでしょうか。

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