ピアノ

2015年9月12日 (土)

ペダルの融合(12)~2009.5.3の記事~

何年も経った今になって、理解だけは出来るようになりましたが、先生が楽譜に書き込んで下さったメモ、レッスン風景を録画したビデオ、そういったものを改めて見直しながら、一つ一つ思い出し、再現し、自分のものとしていくのはこれからです。気の遠くなるような工程ではありますが、何年かかってもやりたいと思っています。今は細々としか出来ないのですが、それを理解して下さっているA.M先生に、帰省の度にレッスンして頂くのを目標としています。そしていつかまた、H.K先生にレッスンをお願いしたいと思っています。自分自身の為、そして偉大な先生方のレッスンや講座との出逢いの為に、これからも日々学びを積み重ねていきたいと思います。

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ペダルの融合(11)~2009.5.2の記事~

音高音大の7年間、そしてその前の受験準備期間の3年間のおよそ10年を振り返ってみると、S.D先生の御言葉ではありませんが、弱音ペダル禁止令が、暗黙の了解であったように思います。受験の課題曲3曲共、只の一度も弱音ペダルを踏むように言われたことはありませんでしたし、それは音高に入ってからも同じでした。指で表現するべき弱音をペダルで助けるのは怠けている・・・というような雰囲気がありました。ダンパーペダルについては様々な先生に細々と指導して頂きましたが、弱音ペダルはそうではありませんでした。その頃からキャリアを積んでいたら、N.S先生のレッスンの時、もっと沢山の素晴らしいペダリングを教えて頂けたのではないかと、それだけが悔やまれます。以前書かせて頂いた記事「エッセンス」と少し重複してしまうかもしれませんが、あの時の私には、先生の素晴らしいペダルのイメージ、独立した芸術とも思われる程の技術を受け取れるだけの下地がなかったのです。

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ペダルの融合(10)~2009.5.1の記事~

N.S先生とS.D先生のレッスンを経て、手よりもペダルのほうに神経が集中してしまう時期がありました。その頃聴きに行ったピアノ・リサイタルでも、ついペダルばかり見聴きしてしまっていたのですが、いつも驚く程ペダルが駆使されていました。それはトレモノのように細やかで繊細な動きであったり、ベースの雄大な響きを助けるような深い踏み込みであったり、自然な和音解決にひっそりと添えられたものであったり・・・ほんの一音、余韻の最後の波動に至るまで、文字通り隅々まで両方のペダルが生かされていたのです。キラキラと舞い散るようなパッセージも、唯の一音も混じり合うことなく美しく響いたかと思うと、ベースと、或いは隣り合う音と微かに混じり合い、違う色合いを見せることもありました。それら全てがペダルでコントロールされていたのでした。そして両足共、それだけ駆使されていながら、コトリとも音がしませんでした。完全に足先とペダルとが一体となっていたのです。どうしてこれ程重要な、第3第4の腕とも言われるペダルを、手指と同等に感じることが、今まで出来なかったのでしょうか。

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2015年9月11日 (金)

ペダルの融合(9)~2009.4.25の記事~

右手、左手、デクレッシェンドを助け寄り添う為の左足の、徐々に踏み込む弱音ペダル、そして響きの清潔感の為に徐々に浅く調節していく右足のダンパーペダル・・・4本の腕が、それぞれ全く違う動きをしていながら、全てが緻密で完璧なバランス・・・それが理想です。

弱音ペダルはまた、ダンパーペダルと同様に、細やかな踏み替えも大切です。フレーズの締め括りに添えるようなウナ・コルダ・・・フレーズの最後の2~3音のみフレーズを閉じる感覚でフワッと踏む場合があります。輝きや煌めきの対比としての色合いを出したい時に、上澄みだけを掬うように踏む場合もあります。積み重ねられた歴史、過ぎてゆく時間の感覚を表す為に使う場合もあります。やはりN.S先生が仰っていたように、手の感覚と同様に足を第3第4の腕と感じ、繊細にペダルをつけることが大切なのだと思います。

(ペダルの融合10に続きます)

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ペダルの融合(8)~2009.4.25の記事~

グラデーション・・・という表現だったかどうかは曖昧なのですが、低音をタイで継続しながら演奏するような場合、その低音時に踏み込んだペダルを生かしつつ、高音域も清潔な響きを保つ為にグラデーションのように繊細にペダルを上げていきます。一般的なペダルの深さは2~3cmといったところでしょうか。全体の響きに耳を傾けながら、薄皮を剥ぐように、ジワジワとペダルを上げていきます。響きのバランスによって、その2~3cmの間をmm単位で調節するような感覚です。響きとペダルとの、完全な一体感を目指します。

グラデーションのようなペダリングは、デクレッシェンドで弱音ペダルを踏み込む時等も同様です。デクレッシェンドに寄り添うように、少しずつペダルを深く踏んでいきます。

ダンパーペダルと弱音ペダルが、同時に逆のグラデーションとなる場合もあります。どちらもとても繊細なペダルです。

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2013年11月 8日 (金)

ペダルの融合(7)~2009.4.20の記事~

思い出されるのは、偉大な先生方のペダルに対する芸術的な表現でした。

トレモロペダル、ヴィヴラートペダル…

細かいパッセージ等の時、その一つ一つを生かしつつ、一つのフレーズとして全てが繋がるように、そして完全に濁りが排除されるように、トレモロのように、或いはヴィヴラートのようにペダルをつけます。右足の先は非常に小刻みな動きとなり、それは手の指のトレモロのようです。踏み込みは、ペダルの深さの1/3~1/4程の薄い間を震わせるような感覚でしょうか。あくまでも目安ですが…ピアノによってペダルの深さも微妙に違いますので、その都度そのピアノに合わせた踏み込みの感覚を掴まなくてはなりません。

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ペダルの融合(6)~2009.4.19の記事~

そのレッスン時、生徒さんが言われたのは、ダンパーペダルのことだけではありません。弱音ペダルについてもS.D先生は仰り、そして怒り出されました。

「どちらのペダルもON/OFFではありません」

「日本では、弱音ペダル禁止令でも出ているのですか!」

「貴女はピアノを始めたばかりで、まだペダルに脚が届かなかった頃の小さな女の子のまま、大人になったようだ」

ピアノの前で小さくなっている生徒さんを気の毒に思いながら、私はN.S先生のレッスンを思い出していました。先生は「ペダルは第3第4の腕とも言うべき重要なもの、ピアノの音と常に共にあるものです」と仰っていたのです。S.D先生も同じことを、その生徒さんに伝えたかったのではないでしょうか。

N.S先生にレッスンをして頂いたことで、私のペダルに対する意識は確かに変わりました。しかし、第3第4の腕と言い切れる程の意識は持てていないということを改めて自覚し、愕然となりました。

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2013年11月 7日 (木)

音楽の背景に(3)

J.D先生は、ラテン語で歌いながら弾いて下さいました。その演奏は、もしその部分の言葉(歌詞)を、宗教的背景を、意識しなかったらどう音楽が変わるのか・・・等と考える余地すらない、圧倒的な迫力と説得力に満ちていました。テーマの4音を聴いただけで、大地のとてつもない怒りが、バリバリと世界を飲み込んでいくような恐ろしさを感じました。減7度下のGis音は、肌を切り裂くような鋭さと、下腹部に響くような重厚さを併せ持ち、受難の痛み、苦しみそのもののように、私の胸を打ちました。

もし私がたった一度でもあのように演奏することが出来たら、どんなに良かったでしょう。その生徒さんもきっと、講座の素晴らしい内容と共に、心から納得して下さったに違いありません。

残念ながらそう出来ない私は、正直にお話しする他ありませんでした。模範演奏をお聴かせすることが出来ないことを詫びるとその方は「いえ、お話し頂いただけで、世界が広がりました」と仰って下さいました。

音楽の奥深い背景やイメージを説明されたあと「このように」とその言葉通りに演奏することが出来るというのは、何と素晴らしいことだろう・・・と、改めて思いました。

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2013年6月19日 (水)

音楽の背景に(2)

内容が専門的過ぎただろうか・・・と心配になった私にその方は「その歌詞や場面を意識して弾いた時と、意識しないで弾いた時と、どのくらいの違いがあるのか聴き比べてみたいのですが・・・先生、失礼なお願いかもしれませんが、両方弾いて頂けないでしょうか」と言われました。

その時、私が例としてお話ししていたのは、講座の膨大な内容から二つ、一つは以前「痛みの音」という記事で書かせて頂いた、バッハの平均律のテーマが、ヘンデルやモーツァルトによって転用され、そのテーマ最後の減7度音程の部分に「傷」「鞭打ち」という歌詞がついている為、その響きをイエスの受難の痛みとして意識することによって、フレーズの表情となるということ、もう一つは、ベートーヴェンのソナタOp.110の3楽章の中の、受難曲のアリアのようなフレーズ、J.D先生が「エリ、エリ、レマサバクタニ」(我が神よ、何故私をお見捨てになったのですか)という歌詞がふさわしいと仰り、十字架上のイエスの最後の言葉のように意識することによって、その前後のイメージも膨らみ、受難の一場面のように感じられるというものでした。

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音楽の背景に(1)

以前「二度目の味わい」という記事でも書かせて頂いた、とても熱心な大人の生徒さんのレッスンの時には、考えさせられることが多々ありました。今でも忘れることの出来ない或るレッスンについて、また書かせて頂きたいと思います。

その時私は、J,D先生の公開講座を受講したばかりでしたので、その素晴らしい内容をその方にもお伝えしたく、レッスン後にお話ししていました。バッハの時代は、他の作曲家のフレーズを自分の曲の中に調を変えたりアレンジしたりして転用することが普通に行われ、宗教的な歌詞がつけられることもありました。また歌詞はついていない場合でも、作曲者が宗教的な或る一場面をそのまま切り取って音楽にしたとしか思えないようなところもあり、解釈の一つ、イメージの一つとして、その歌詞の内容や宗教的場面を意識することで、そのフレーズの表情となり、演奏がより深まるとJ,D先生が仰っていたとお伝えした時です。その生徒さんはメモを取りながら、私の話しを熱心に聞いて下さっていたのですが、ふとその手を止めて首を傾げ、納得出来ないといった様子で考え込んでいます。

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