劇場、舞台

2012年5月 8日 (火)

雪とピエロ(2)

梯子はしっかりと床に固定されているかのように、ピエロを受け止めています。梯子を前からも後ろからも上り下りするその動きが、ピエロの揺れ動く心情と完全にシンクロしていることが感じられ、思わず溜め息をついてしまいます。

後ろ髪を引かれるようにピエロが舞台を去り、その後の全ての出し物が終わっても尚、私の心はその悲しみで埋め尽くされたままでした。名前は覚えていませんが、確かロシアのサーカス団です。シルク・ ドゥ・ソレイユと同時期に来日公演がありました。シルク・ドゥ・ソレイユが大好きで、公演には欠かさず足を運んでいましたが、それよりも、名前も忘れてしまったサーカスのあのピエロのイメージが鮮明に残っていて、つい数日前、まるで昨日のことのように夢に見ました。何年も前のことですので、私の中で美化されている部分もあるかと思いますが、記憶のままに書かせて頂きました。

半年以上もブログとツィッターを放置しておりましたが、また細々と再開致しますので、改めてどうぞよろしくお願い致します。

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2012年5月 6日 (日)

雪とピエロ(1)

照明が落とされ、その暗闇に目が慣れた頃、舞台中央にほんのりと当てられたスポットライト…真っ白な衣装を身につけ、つま先が上を向いて尖った靴を履いた悲しい表情を浮かべたピエロが音もなく現れました。脇腹には長い梯子を抱えています。

ピエロの仕草で、雪が散らつく寒い日であることがわかります。恋しい誰かを思い、それが一方的な思いであることを感じさせるような切ないマイムの後、傍らに置いていた梯子を何もない舞台中央に立てかけました。

長い梯子にスルスルと昇ると、その先端に座り、膝に頬杖をついて物思いにふけるピエロ…観客はその世界観に浸りたいと思いながらも、何の支えもない梯子が倒れはしないかと、ハラハラしながら見守っています。当のピエロは命綱なしにしては高く危険なその空間で、相変わらず切ない表情で愛しい人を思い、溜め息をついています。

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2011年10月 6日 (木)

天井桟敷の片隅で(2)~2008.12.13の記事~

その時の演目は世話物で、喜劇的要素の強い、普段なら大好きなお芝居でした。でも私は舞台に目を向けながらも、心の中の辛い思いに負けそうになっていました。堪えようとしても涙が溢れてきてしまい、周りの人に気づかれぬように嗚咽していました。

ふと気づくと、前列のアメリカ人らしいグループの一人が、私のほうを振り返って見ています。他のお客さん達は皆笑っているのに、どうして泣いているのだろう?と不思議だったのでしょう。彼は何度も私のほうを振り返り、私もその度に無理に笑顔を作っていました。何度目かに振り返った彼と目が合った時、小声で「Are you O.K?」と言われました。その途端、張り詰めていたものが音を立てて崩れ、心の中の辛い思いが溢れ出し、私はうずくまって泣いてしまいました。遠くで聞こえる役者さん達のお芝居やお客さん達の笑い声が、心地良く響きました。

その幕が終わる頃には、心の中にあった辛い思いは、涙に洗い流されて嘘のように消えていました。私は彼のあの一言に救われたのだと思います。

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天井桟敷の片隅で(1)~2008.12.12の記事~

結婚して仙台に越してくる前は、毎月必ず歌舞伎座に足を運んでいました。演目によっては昼夜続けて見ることもあり、朝11時から夜9時前後まで続けて観ても飽き足らずに、幕見にも行きました。数百円で一幕だけ見ることの出来る幕見は、余程の人気の演目でなければ、フラリと行って入ることが出来ましたので、出先から急に思い立って行くこともありました。

或る時、私は精神的にとても辛い状態でした。無性に歌舞伎が観たくなり、歌舞伎座に向かうと、最後の演目が始まるところでした。暗くなりかけた客席に滑り込むと、ちょうど拍子木が鳴り始めました。

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2011年4月19日 (火)

螺旋の彼方(3)

凡人の私ですらこうなのですから、小さな頃から哲学書を愛読するような、常に崇高な次元の世界の住人のような当時のキーシンにとって、どれ程の過度の刺激となってしまっただろう…と思われてなりませんでした。私のそんな心配をよそに、彼の演奏はいつも素晴らしいものでしたが…

演奏中のキーシンはいつもユラユラと体が揺れ、円を描くように動いていました。それは宇宙へ、そして人々が“神”と称する世界へと続く、螺旋を描きなぞっているように思われました。キーシンの演奏には時として、指の許容範囲を超えたような乱れた響きがあったり、左右が微妙にズレてしまうといったことがありましたが、それも螺旋を描いている故のことだと聞いたことがありました。後に、J.D先生の講座やH.K先生の個人レッスンを受けさせて頂き、宇宙との繋がり故の不均衡について、理解を深めることが出来たのは幸運でした。

(螺旋の彼方4に続きます)

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2011年4月16日 (土)

螺旋の彼方(2)

私がモスクワ音楽院のインターナショナルサマースクールに参加したのはソ連崩壊から2~3年後のことだったと記憶していますが、その時ですら、まだ精神的な“何か”が、大気中に、自然の中に、あらゆる場面に漂っているのが感じられたのです。崩壊前の或る種閉ざされた、あらゆる情報や誘惑から遠ざけられていた状態が、一部の人々にとっては、音楽に、哲学に没頭出来る環境を作り、その目には見えない精神的豊かさが風土に溶け込んで“何か”を感じさせるのではないかと思いました。2週間の滞在から日本へ帰国した時、あらゆる情報が、自然ではない様々な色彩が、洪水のように押し寄せてくるのを感じました。昼も夜もなく音と光が溢れ、驚く程便利で清潔で、そして情報過多で…今まで当たり前のように思っていたその状態から僅か2週間離れていただけで、目が眩み、情報の波に溺れそうになりました。

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螺旋の彼方(1)

エフゲニー・キーシンが神童と呼ばれていたのは15~16歳の頃だったでしょうか。来日する度リサイタルへは欠かさず足を運んでいました。まだソ連が崩壊する前で、アンコール時、どんなに客席から花束を差し延べられても、ただ微笑み、手を合わせるだけで、舞台上から受け取る姿を見たことは一度もありませんでした。中にメッセージ等が入っている可能性があり、政府の許可のない通信を行わせないよう、花束を受け取ることを禁止され、見張られている…政府は亡命を恐れているのだ…という噂でした。その為、キーシンのリサイタルの後はいつも沢山の花束が舞台上に残されていました。

その頃のキーシンは正に神秘の存在であり、あまりにも澄み切ったその瞳は、芸術以外のものを映したことがないのではないかと思わせる程、美しく潤っていました。物質と情報と色彩に溢れたこの国が、彼の清らかさを汚しはしないかと、心配になる程でした。

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2011年3月21日 (月)

蘇る名演(5)

今まであまり意識したことのなかった、その和声の美しさに、私はただただ驚き、その部分が演奏される度にウットリと聴き惚れました。やはりそれはノクターンの時のように、主役ではない演者にスポットライトがあてられ、その生涯の思いがけない美しさとドラマに感動するような心地でした。何故今まで、こんなにも美しい音楽を聴き流してしまっていたのでしょうか。或るチェリストが「音楽の中に、沢山のシークレットという宝物がある」と仰っていたのは、きっとこのことなのだ…と思いました。奏者によって、そしてその時々によって、美しいと感じ入るところは違うのでしょう。シークレットを発掘し、磨き上げ、芸術として昇華していく行程は、どんなに満ち足りた作業であることでしょうか。

短いリサイタルではありましたが、私の心は驚きと感動で満たされ、改めて音楽の崇拝者であることの喜びを噛み締めていました。

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2011年3月20日 (日)

蘇る名演(4)

ドラマチックな演出をひっそりと縁取る飾りのように、T先生を思わせるあの悲しみが、ノクターンの中に浮かび上がっては消えていきました。あの悲愴を感覚を、直接受け継がれているのだということが強く感じられ、胸が熱くなりました。

イタリア語で「冗談」という意味のスケルツォ…シューマンが「冗談が黒い服を着て歩いている」と評したように、ショパンのスケルツォは、言葉の意味とは違い、重く情熱的です。テンペスト、ノクターンと、新しい音楽の扉が開かれ、思いもしなかった世界へと羽ばたいた心が、スケルツォでは、ショパンらしいショパンを聴かせて頂き、自分自身へと戻ってきたような気が致しました。

アンコールの黒鍵のエチュードの中で、私はまた心揺さぶられる美しい音楽と出逢いました。軽やかに舞い、聴く者をも宙へ誘うかのような右手の音と共にある、17~18小節目と21~22小節目の左手の音楽です。

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2011年3月17日 (木)

蘇る名演(3)

聴き馴染んだ筈の音楽の中に、蓄積された民族の血のようなものが、痛みと共に流れているのを感じました。あのように胸を締め付けられ、一音一音が涙の雫のように心に染み入るショパンは初めてでした。

T先生の音楽がまざまざと蘇り、胸の痛みを覚えた時、私は思ってもみないテンポで始まったノクターンに驚き、彼女の音楽に引き戻されました。もしこの曲を聴いたのが初めてであったなら、大曲と錯覚してしまうような、ただならぬ雰囲気を漂わせたテンポでした。これは本当にあのノクターンなのだろうか…第1番第2番共、まるでオペラのクライマックスを観ているようでした。普段はサラリと聴き流してしまうような一音にまで神経が行き届き、クローズアップされていました。それは、普段目立たないエキストラ達にもそれぞれのドラマがあり、オペラではそのたった一部分を観ているだけなのだと思わせるような奥行きを感じさせるものでした。

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